キリストの香り

あなたに伝えたい…教会ピアニストによる生活密着型★雑学的ゴスペル・ジャーナル。

 
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土曜日は、Hさん宅で、(私が初めて教会に来た頃にはまだ産まれていなかった…)N牧師(とkyoさん)の長男M君と賛美アワーのリハーサル。毎朝、CFNJ聖書学院で賛美しているというだけあって、ギターもドラムも随分と上達しました。以前は若干不安定だったドラムも、大分リズムキープ出来るようになって来ました。

日曜日は、ペンテコステ礼拝。私の受洗22周年の記念日でした。
礼拝では、M君が月一でギターで加わることに。賛美アワーではドラムも叩いてもらいました。

ところが、教会のドラムセットがポンコツ過ぎて、音がやたらとデカい。一般的に、タイコには、ミュート機能って付いてるんですか?そいつがなかったらしいのです。

アコギの音も、マイクから拾おうとしたのですが、遠過ぎると音が聴こえないし、近過ぎるともあ〜んと低音が響く。やっぱり内蔵マイクとか付けないとダメかな…。

何しろ、今までピアノとヴァイオリンしか楽器がなかったものですから、慣れないことが多くて。奏楽者が増えた喜びと同時に、音響技術面での難しさも感じた一日でした…。

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午前中、石狩のCFNJ聖書学院にて、マタイ・クルヴィラ師の集会。昨年、例の金粉の奇跡が起きた「北海道祈りの祭典」の時のメイン講師だった方。インドで支教会を合せて10万人教会の牧師といいます。

彼のメッセージの強調点は、神の子としての身分を自覚しましょうということでしょうか。すなわち、物乞いのようにではなく、大胆に神からのギフトを受け取りましょうという感じ。

私の場合、ちっぽけな自分の頭の中で練った計画を「神様、祝福して下さい」という祈りが多くて、むしろ「神様、御心を教えて下さい、夢と幻を与えて下さい」と祈るべきだったと反省させられました。

最近、地上の問題で頭の中が一杯な私にとっては…天に目を向ける幸いな時となりました。

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Powerpointの背景のために、たまあに"Yahoo! USA"の"images search"で、きれいな画像を検索して楽しんでます。

以前、"Jesus Cross"で検索しまたら、すごくセンスいい十字架の画像見つけました。アメリカのどこかの教会のページだと思いますけど…。ところで、十字架に長い布みたいなの巻き付けるのって、何か意味あるんですかね…。

 ⇒ ここ

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先週は、いろいろと心労の多い日々が続いて…日曜日の午後、いつもは昼寝することも多いのですが、今日は一人で西岡公園へ。近所にあって、手付かずの自然を満喫できる場所です。

自然が私を呼んでいる…アーサー・ホーランド師もフジ子・ヘミングさんも「自然から力をもらう」って仰っていましたし。

遊歩道を歩きながら、賛美したり祈ったりしてきました。

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たにいさんの記事へのトラックバックです。うまく設定出来たかな…。

「思いっきし楽器を弾きたい、けど、音量にも配慮せねばならない」…これって、結構深遠なテーマだと思いました。

私自身、特にリズム楽器なのですが…近くで下半身に響くような音量でベースを弾かれたり、リズム音痴のタンバリンを叩かれたりしますと…本当に困ってしまいます。

私のピアノに関しては、今まで「うるさいっ!」って言われたことはあまりないんです。前の教会は、200名くらい収容する会堂で、マイクを通さずに生音で弾いていましたから。

新しい教会に移り、スピーカーを通して音を出すようになりましたが、それはそれはクリアな音で、弾いている方としましては、とても気持いいんですね。乗ってくると、ついつい力も入ってしまいますし、「思いっきし弾きたい」という気持はわかりますよ。
ところが最近、わりと御年配の方からですけど、「歌もピアノも、生音の方がいいんじゃないですか?」って仰る方もいた。でも、賛美リードの目的って、聴かせることじゃなくてクリアな音で会衆をリードすることだと思いますし、ラインを通して録音する必要もありますから…「すみません、スピーカーから離れた席にお座り下さい。」としか言えませんでした。

各楽器の音量のバランス、会堂のスペース…難しい問題ですよね。

私の場合、物理的な対処方法としては、下記のことくらいしか思い浮かびません。

ドラムの音量がでかい → 不本意ながら、ブラシのスティックを使っていただく?もっとも最近では、ドラム全体をカバーするクリアの覆いみたいなものもありますよね。
ギターやベースの音量がでかい → それぞれの楽器の位置を離す。
ピアノのタッチが強い → 蓋を閉める。それでもだめなら、音量を調節出きる電気楽器を使う。

一般のコンサートホールでの音量の基準と、教会でのそれとでは、微妙に違う場合もあるでしょうしね。
 
あと、音の聴こえ方って、個人差が激しいと思います。その時の体調や気分によっても違ってくると思いますし。異常な程の生音主義者もいらっしゃいます。「電気を使って音を増幅するのはすべて反対」みたいな。それまた極端だと思いますしね。

もちろん、配慮も大切だと思いますよ。祈りの最中のBGMは、極力音量を抑えるとかね。その辺は、霊性以前に品性の問題だわな…。

話題はそれますが、「うるささ」って、必ずしも音量だけの問題とは思えないんですね。音数が多く、自己主張過多な演奏もまた、うるささを感じます。逆に、音量が大きくても、うるささを感じさせない演奏というのもあるような気がします。

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「春の手作りガラスの会」、第1回目は、7名の参加者があり、無事終了いたしました。皆様のお祈りに感謝いたします。

普段、保育園や学校のお母さんたちの集まりで、よく講習会をやるのですが、所属教会では初めての経験です。

今回は、講習会の18番「ベネチアのミリフィオリを使ったガラスアクセサリー」。たくさんの粒の中から好きなものを選び、板ガラスの上に並べ、あとは、透明な板ガラスを被せ、電気炉で焼き、金具を付けて出来上がりです。独創性が問われるというのか、とても楽しい作業なんですよ。

次回は、ステンドグラス風壁掛け。あと、お茶の時間に、私たち夫婦のミニコンサートも予定しています。今回は、オリジナル賛美を何曲か…「夢をください」という新しい歌も紹介出来たらいいなと思っています。

今後、より広く宣伝していきたいですね。

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「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。」(詩篇 23:4)

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私が幼児の頃、とにかく手のかからない子供だったらしいです。母の話ですと、ステレオの前に座らせると、童謡やクラシックのレコードに延々と耳を傾けていたといいます。

「いつ頃からピアノを弾き始めたんですか?」とよく聞かれます。私が先生についてピアノを習い始めたのは、1970〜71年、5歳か6歳の頃。よく覚えていませんが、自分から「習いたい」と言い始めたそうです。姉が弾くオルガンを傍らで聴いて育ち、釧路に引っ越してからは、家でアップライトピアノを購入しましたから、そうしたことが契機となったのかも知れません。その後、小学校5年生くらいの時に止めてからは、あとは全部独学。止めた時点では、「ツェルニー○番」くらいまでしかやっておらず、「ソナチネアルバム」にすら進んでいません。ですから、指のタッチも音大卒の方のようにはきちんとしていないし、ペダルの踏み方だって自己流です。

最初の先生は厳しく、鍵盤を押さえる指の形が悪いと、手の甲を叩かれました。
発表会では、先生と「さくらさくら」を連弾しました。

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音感が鋭く、先生に感心されました。1年生の頃、音楽の授業で、ハーモニカで曲をマスターする度にスタンプを押してもらい、10曲くらいの路程を進んでいくという企画がありましたが、みんながスタート地点にいた時、私はすでにゴールしていました。マンガの主題歌でも何でも、頭の中でメロディーさえつかめていたら、すぐに吹くことが出来ました。音楽の成績だけは、小学校時代を通じてオール5でした。

私の唯一の取柄は、耳が良いことのようです(演奏家としましては、さほど器用とは思えません)。一度聞いたメロディーは、30数年経っても忘れない程です。あたかも、頭の中に精巧なレコーダーが備わっているが如くです。

その後、家が引っ越す度に、先生が入れ替わりました。
 976年12月頃、11歳の時にピアノを辞めてしまいました。当時、男でピアノを習っている子は少なく、サッカー少年団なんかにも入っていましたから、女々しく見られるのが嫌だったのかも知れません。それに、友達の影響でビートルズが好きになってしまい、ギターの方が格好良く見えてしまいました。また、好きな「トルコ行進曲」などを弾きたかったのに、延々と練習曲ばかりやらされ、退屈に思えてなりませんでした(もっとも、私が子供の頃にやっていた習い事といえば、お習字がちょっとと、珠算を2年間くらいのものでしたから、ピアノはよく続いた方だったとは思います)。

その後、中学校時代を通じ、私はほとんどピアノに触れる機会がありませんでした。
音楽の授業はというと、リコーダーのテストで、緊張して手が震え失敗してしまったり、歌のテストで良い点が取れずに成績が落ちてしまったたりと、ふるわなくなりました。

1982年3月、高校の音楽の授業で、「好きな曲を好きな楽器で演奏して発表する」という企画があり、私はピアノを弾くことにしました。昔のクラシックのレコードをひっぱり出して聴いてみたら、とても感動しました。私は、よりによって難易度的にはとても手の届きそうにないドビュッシーの「月の光」を選び、独学で練習を始めました。何か目標を持ち、真剣に取り組んだ最初の経験だったのかも知れません。あるいは、自分の取り柄といったらこれくらいしかないという気持が、余計やる気に拍車をかけたのかも知れません。私は勉強そっちのけで1日数時間も練習し、だんだんと上達していきました。そして、1983年3月、「自由研究演奏会」では優秀者の一人として選ばれたのでした。

やはり、何についても同じことが言えると思いますが、ピアノが上達する秘訣は、まず何よりも音楽を好きになることだと思います。

高校時代、漠然と人前で演奏することを夢見ていた私でしたが、数年後、教会でそれが実現することになろうとは、その時は思いもよりませんでした。

1985年3月、○教会に導かれて以来、私は、会衆賛美、聖歌隊、バンド、ゴスペル等の様々な奏楽の奉仕に携わることになりました。

特にバンドのメンバーは、プロ意識の高い方々で、いつも技術的にも高いレベルを要求されました。毎週日曜日の午後に数時間、時には土曜日の午前中にも練習していた程です。

私は、そのような環境の中で、長い時間をかけて、少しずつ上達していき、複雑なコード等も徐々にマスターしていきました。そう、黒人指導者を招いてのゴスペルセミナー&コンサートからは大きな影響を受け、奏楽技術も随分と進歩しましたね。

以来21年間、礼拝だけでも1000回以上弾き続けてきたわけですから、子供時代に支払った月謝も、退屈な練習時間も、完全にもとをとったわけです。

教会でピアノを弾いていると、いつも楽しいですし、気の合う仲間たちと一緒に演ると、もっと楽しいですね。私は、楽譜にとらわれず、聖霊に導かれるままの即興演奏が得意です。

これからもずっと、主の栄光のために賛美し続けていきたいと思います。

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今日の礼拝は、姦淫の女の箇所からのメッセージ。すすきの伝道といった時に、いつも考えさせられていたことに対する答えのようなことが語られ、とても良かったです。

午後からは、新年度から新たに始まった「ウェルカムグループ」の一環として、M姉のバイオリンレクチャーが開かれ、私も急遽少し協力させていただきました。バイオリンの歴史等に関する説明から始まり、実際に楽器に触れて弾いてみましょうという体験コーナーも設けられ、とても意義深い企画でした。

思えば、以前通っていた教会では、韓国からの影響で、早くから区域礼拝という名のもとで家庭集会(セルグループ)が取り入れられていました。ただし、時代の変遷と共に、いったい目的が伝道なのか交わりなのかよくわからなくなってしまい、教会員全員がいずれかの区域に組織的に組み込まれ、食事当番やバザー等の際には、半ば強制的に役割を分担させられてしまったりして、最後には月一度の開催がやっとこさという状況でした。

それに比べて、「ウェルカムグループ」は、個々の賜物を生かし合い、全くの自由参加で、本当に斬新な試みだと思います。教会員が孤独に陥ることなく、自然な形で自らの居場所を見つけ、なおかつ伝道目的のためにも、このウェルカムグループが有機的に機能し、用いられることを願ってやみません。

ちなみに、次週は、私たちの「春の手作りガラスの会」です。

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土曜日は、家族でガトーキングダム(旧テルメ)へ。ゴールデンウィークに入ってから、みんな次々と風邪をひき、私たちも忙しくて、なかなか外出出来なかったのです。

屋外プールが開放的で清々しい。サラリーマン時代は、月に一度は通っていたので、とても懐かしい。泳いで、食べて、昼寝をして、4時間も過ごせば、かなりのストレス解消になったものです。

空気が澄んでいて、空にはトンビのような鳥も舞っています。
ジャグジー風呂もたくさんあり、強力なジェット噴射が肩や首のこりをほぐしてくれます。
温泉も付いているのが何より。露天風呂は天然温泉です。
そうそう、子供たちはスリル満点のウォータースライダーで大喜び。

家族5人で行けば、だいたい1万円くらいは吹っ飛んでしまいます…。

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