キリストの香り

あなたに伝えたい…教会ピアニストによる生活密着型★雑学的ゴスペル・ジャーナル。

 
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聖書の神様には、7つのお名前があることをご存知でしょうか。「私は○○である」と自己紹介されている箇所が7つあるのです。ちょうど名刺の肩書きのように…。

1.ヤーウェ・イルエ(アドナイ・エレ)「備えたもう神、必要を満たしてくださる神」 … 創22:13〜14
2.ヤーウェ・ニシ「勝利したもう神様」 … 出エジプト17:15
3.ヤーウェ・ロイ「羊飼いなる神様、養ってくださる牧者」 … 詩篇23:1
4.ヤーウェ・ラッファ「主は癒し主」 … 出エジプト15:22〜26
5.ヤーウェ・シャローム「平安を与える神」 … 士師記6:24
6.ヤーウェ・ツドキヌ「義とされる神」 … エレミヤ23:6
7.ヤーウェ・シャムマ−「ごいっしょにいてくださる神」 … エゼキエル48:35
 
私の場合、これらを聖書の裏表紙に貼り、よく心に留めて祈ります。

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私にとりましては、日本のCCM(コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック)の中では、フェイバリットCDの一枚ですね。

何と形容したら良いでしょうか…元々彼のスタイルは、泥臭いフォーク・ロックなのでしょうね。メッセージ・ソングが多いです。そこらのカラオケで歌われても何ら不思議ではない歌謡曲かニュー・ミュージックのようなメロディーの上に、無理やりお説教をぶちまけた感じ(笑)。でも、ある曲はワーシップのようでもあり、古き良き時代の聖歌を思わせる曲もあります。

「愛されてるから」は、彼の4枚のアルバムの中では、アレンジ的に一番洗練されています。

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2006年9月9日、わが教会の狭い旧会堂で、彼を招いてコンサートを開きました。

三上さんは恰幅のいいおじさんという感じ。そして、この時は、国分友里恵さんのバックなどでサックスを吹いていらっしゃる方、岩淵さんなどと一緒に仕事をしておられるギタリスト、そして森山良子さんのバックなどでピアノを弾いていらっしゃる方などを引き連れて来られました。

三上さんは、本業は会社社長だそうで、一度倒産も経験されたそう。そして、実は病をおして来られたということで、その歌から伝わってくる説得力というのか、凄まじいものがありました。私も、技術云々以前に、言葉を伝えるということに関心があるわけで、その点、とても共鳴するものがありましたね。

今では「愛されてるから」は、うちの教会の愛唱歌の一つになっています。

http://www.gospeljapan.com/arthur/mikami/

http://www.wlpm.or.jp/life_st/review/48311.htm

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 (旧ブログ記事(2004年6月1日)の再録です)



http://www.thepassionofthechrist.com/splash.htm

リアルです。これ程リアルなキリスト教映画は観たことがありません。マリアにスポットが当たり気味のきらいはありますが、イエス・キリストの受難が、ほぼ聖書に忠実に描かれています。当時の建築、人々の服装、アラム語の響き等、こんな風だったのかと感心させられます。もしも、大衆迎合を狙うのであれば、もっと別な作り方もあったでしょうに、脚色は限りなくゼロ。映像は、中世の聖画のように幻想的ですが,過度に誇張された表現もなく、音楽も控え目でした。メル・ギブソンは、私財を投げうち、莫大な時間をかけ、全世界に向け、全くあの通り、十字架そのものを描き出したかったとしか思えません。

これでもか、これでもかと、イエス・キリストの受難が見せつけられます。鞭打ちのシーンが思ったよりも凄惨。でも、あれが現実だったんでしょうね…。ローマ兵たちが嬉々としてイエス・キリストをいたぶる場面が随所に出て来ました。昔の人は残酷だった…?。否、そうでもないと思います。イスラム過激派による例の首切りを見ても、アブグレイブ刑務所におけるイラク人捕虜虐待を見ても、今日も人間の残虐性に変わりはありません。それらの映像は、インターネットを通して全世界に流されているのです。

この後、十字架に続くというあたりでそろそろ「もうたくさん」と目を背けたくなりました。ヴィア・ドロローサでイエス様が倒れた際、マリアの中で幼年時代の彼が転んだ姿とオーバーラップするシーンでは、不覚にも涙が溢れてしまいました。

神のひとり子は、なぜここまで苦しまねばならなかったのでしょうか?それは、私たち全人類の過去・現在・未来の罪、病い、呪いをその身に受けて下さったからに他なりません。イエス・キリストは完全な代価を支払って下さったのです。

最後の復活の場面は、あまりにもさらりと描かれていたので、少しもったいなかったかな…。

この映画は、今日の混沌とした世界に向けての神からのメッセージのように思えました。神の情熱(パッション)は人々に伝わったでしょうか?札幌の街のど真ん中において、イエス・キリストの十字架がダイレクトに語られ、日本全国で何十万人という人たちがそれを見ました。聖書的な土壌がない日本人が、十字架の贖い、あるいはサタンとの闘いといったことについて、どこまで理解出来たか定かではありませんし、いろいろと聖書的な象徴も、難しかったかも知れません。しかし、それで聖書でも読もうという気持が起こってくれるだけでも良いと思います。

終演後も、金縛りにあったように、しばらくの間、座席から立ち上がることが出来ませんでした。

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私の場合、訪問した教会の週報とかコンサートのチラシとか温泉のパンフレットとか、こまめに取って置く方です。何故なら、思い出になると同時に、将来のヴィジョンを描く助けにもなるからです。

それで、今までこうしたスタックボックスに分類してきたのですが、20年も経ちますと、さすがにパンク気味。

今度は、クリアファイルにでも移していこうかな…。ちょっとやり過ぎ?

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朝、西岡公園を散歩してきました。

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 ↑ 霜ね。
 
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夫婦で、映画「マリア」の試写会へ(スガイシネプレックス札幌劇場)。

「パッション」、「ナルニア国物語」、「マザー・テレサ」、そしてこの「マリア」と、キリスト教的世界観を描いた映画が毎年のように上映されるのは恵みですね。特に「パッション」と「マリア」は、聖書そのものといっても過言ではありません。

聖書でいいますと、ルカによる福音書の冒頭からマリアとヨセフのエジプトへの逃避行までの短い箇所を100分に引き延ばした感じで、なかなかドラマチックでした。

まだあどけなさの残るマリアの表情が印象的。また、ヘロデ、三人の博士(彼らだけは、クリスマスの劇によく出て来る姿そのもの)、羊飼い…それぞれの心の動きが細かく描写されていて、面白かったです。

特に、ナザレからベツレヘムに向かう過酷な旅の中で、マリアもヨセフも、信仰、品性、夫婦の絆という意味でも、随分と訓練を受けたのですねー。普段であれば読み飛ばしてしまうような聖書の一節も、それが映像化された時に、神の壮大なシナリオの中で重役を務めた二人の姿を、より深く思い描くことが出来ました。

音楽は、クリスマスキャロルが全面に散りばめられています。

12月に全国ロードショーということで、クリスマスシーズンにぴったりですね!

http://maryandjoseph.jp/index.html

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祈りの祭典i n北海道 2007」のレポートです。私は19日(金)の夜の聖会、夜中の祈祷会、20日(土)の午前中の聖会と参加しました(北海道青少年会館)。

19日(金)の夜の聖会。ICF教会の賛美、良かったですよ。メッセンジャーは、村上好伸先生

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私にとりましては、壇上に掲げられた日の丸とイスラエル国旗が象徴的な意味合を持つ…そのような集会となりました。

夜中の9時から2時までの祈祷会は、わが教会担当。色々と、超教派的な方々が集まり、面白かったですよ。ある姉妹は「イスラエルの失われた十部族=日本人」説を力説されていましたね。あと、アイヌの部落に世界中のニュー○イジ関係者が集まってくるという話から、イスラエルでも、ガリラヤ湖畔で、ニュー○イジの集会が行われているという、不気味な話も聞きした。途中から、トム・ヘス先生御夫妻も参加されて、一緒に振り付け付で賛美したりして、あっという間に5時間たってしまいました。

妻は9時に帰ってしまいましたので、夜中、4階の仮眠室なる場所で、暗黒の中、一人で持参した寝袋にくるまって寝ました。寒かったです。

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CグループのO先生作の旗。

20日(土)の午前の聖会のメッセンジャーは大久保みどり先生。テーマは「旗」。その聖書的起源から始まり、話が日の丸&君が代肯定論に及んだ時には、驚きました。今まで教会で、そのような話を、ほとんど聞いたことがなかったからです。

言うまでもなく、60数年前、天皇を神とまつり上げ、日の丸のもとに大東亜戦争を戦い、負けてしまったいう、容易には拭い難い負の記憶が、少なからぬ日本人の中にあることでしょう。ましてや、クリスチャンにとりましては、日の丸⇒天照大御神⇒太陽崇拝、君⇒天皇、すなわち、神ならぬ神を礼拝することにつながるという図式が、頭の中で出来上がってしまい、ましてや、戦前に、多くの教会が神社参拝に屈してしまったという苦い記憶もあり、受け入れ難い側面もあることでしょう。昨年でしたか、ベニー・ヒンの集会で、彼が突然「君が代」を会衆に歌うよう促したと聞いた時も、私も、どちらかというと否定的なイメージを抱いてしまいました。

私の見解はといいますと、日の丸に関しては、まだ許せるにしても、「君が代」に関しては、メロディーはなかなか荘厳で良いと思いつつも、卒業式か何かで伴奏を拒否して処分された教師の話などを聞くにつけ、どちらかというと憤慨していましたし、愛国心たるものは、愛したいと思うからこそ愛するのであって、上から無理やり強制されて育まれるものではないだろうと思ってました。それに、安易な妥協は、「神社は宗教に非ず」という甘言に乗せられて、神社参拝に屈してしまった戦前のクリスチャンの二の舞になりかねないという警戒心があることも事実です。理想的には、国民の誰もが誇りを持って歌うことの出来る新しい国歌があれば良いと思いますし、靖国神社参拝も、あんなにもめるのであれば、無宗教の国立追悼施設を設けるべきだと思います。

ところが最近、大和カルバリーチャペルの大川先生が、こんな替え歌を披露しました。一つには、韓国のオンヌリ教会で、信徒たちが万国旗を振りながら祈っている姿を目の当たりにし、その教会の朝祷会でメッセージを頼まれた際に、謝罪の意味も込めつつ、日の丸に新解釈を施し、肯定的に捉える話をされたそうです。

♪(罪の)黒地に赤く (イェスの)血潮をそめて
 ああ美しい 日本の旗は

大久保みどり先生もまた、インドを訪問された際に、マタイ・クルヴィラ先生の教会で、信徒たちが、国旗を振りつつ国歌を歌う姿を目の当たりにしたしたそうで、彼女もまた、日の丸・君が代に新解釈を施すという考え方です。君=神様となり、聖句としましては、下記のようなことですね。

「しかし、わたしの名を恐れるあなたがたには、義の太陽が上り、その翼には、癒しがある。あなたがたは外に出て、牛舎の子牛のようにはね回る。」(マラキ 4:2)

そして、60数年前はともかく、元々の日の丸・君が代の起源に関しては諸説あること、また時代と共に解釈の仕方も変化していくであろうことも述べられていました。

妻は、大川先生の替え歌を聴いた時から、日の丸・君が代は大丈夫になったそうです。神社参拝に関しては、全く別物で、妥協の余地はないそうです。私の中では、まだ結論が出ていませんが、革命的な問題提起ではありますね。リベラルなクリスチャンにしてみれば、総スカンものの話でしょうけど。

その後、わが教会のN牧師が、教会不一致の罪の悔い改めの祈り等をパワフルに導かれました。

妻は、午後からの、”Growing Up”の賛美と証しの会にも出て、これまた良かったようです。

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昨日の午前中、”Japan G.POP Contest 2007”の音源審査の結果のメールが入っていて、意表をつかれました。うーん、うちらの名前はなし。ていうか、北海道からは誰も選ばれず。狭き門だわ、こりゃ。やはり、”J-Worship”の時の二匹目のどじょうはならず。

若者が多かったのだろうなー(何だか、英文字のユニット名が多いし)、審査の基準は何だったのだろう、音楽性重視なのだろうなー、うちはやはりワーシップ志向なのかなー、応募した曲は暗過ぎたかなー、全国で、一体何人くらい応募したのだろう、当初12組といっていたのに11組しか選ばれていないのは何故だろう…色々な思いが去来しました。

でも、まてよ、自分が曲を作るのは、全国のコンテストで選ばれるためじゃないでしょう。たとえ、今回はノミネートされなかったとしても、別に私たちの価値が下がるわけじゃないし。私たちの曲を聴いて「慰められた」と言ってくださった方もいるのだし。それに、たとえ無理やり今風のアレンジを施したとしても、ギクシャクするだけだし。

むしろ、これを契機に逆発奮。地道に曲を書き続けよう(第一、今の時点では、持ち歌が少ないのだから)、出来る範囲で練習しよう。そうすれば、内輪でコンサートも開けるかも知れない。マイペースな活動の方が、ずっと有益じゃん。うん、もっといい曲を書こう。

そして懲りずに、また来年応募しよう(笑) ← 矛盾?。
 
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