
「
祈りの祭典i n北海道 2007」のレポートです。私は19日(金)の夜の聖会、夜中の祈祷会、20日(土)の午前中の聖会と参加しました(
北海道青少年会館)。
19日(金)の夜の聖会。
ICF教会の賛美、良かったですよ。メッセンジャーは、
村上好伸先生。

私にとりましては、壇上に掲げられた日の丸とイスラエル国旗が象徴的な意味合を持つ…そのような集会となりました。
夜中の9時から2時までの祈祷会は、わが教会担当。色々と、超教派的な方々が集まり、面白かったですよ。ある姉妹は「イスラエルの失われた十部族=日本人」説を力説されていましたね。あと、アイヌの部落に世界中のニュー○イジ関係者が集まってくるという話から、イスラエルでも、ガリラヤ湖畔で、ニュー○イジの集会が行われているという、不気味な話も聞きした。途中から、トム・ヘス先生御夫妻も参加されて、一緒に振り付け付で賛美したりして、あっという間に5時間たってしまいました。
妻は9時に帰ってしまいましたので、夜中、4階の仮眠室なる場所で、暗黒の中、一人で持参した寝袋にくるまって寝ました。寒かったです。


CグループのO先生作の旗。
20日(土)の午前の聖会のメッセンジャーは
大久保みどり先生。テーマは「旗」。その聖書的起源から始まり、話が日の丸&君が代肯定論に及んだ時には、驚きました。今まで教会で、そのような話を、ほとんど聞いたことがなかったからです。
言うまでもなく、60数年前、天皇を神とまつり上げ、日の丸のもとに大東亜戦争を戦い、負けてしまったいう、容易には拭い難い負の記憶が、少なからぬ日本人の中にあることでしょう。ましてや、クリスチャンにとりましては、日の丸⇒天照大御神⇒太陽崇拝、君⇒天皇、すなわち、神ならぬ神を礼拝することにつながるという図式が、頭の中で出来上がってしまい、ましてや、戦前に、多くの教会が神社参拝に屈してしまったという苦い記憶もあり、受け入れ難い側面もあることでしょう。昨年でしたか、
ベニー・ヒンの集会で、彼が突然「君が代」を会衆に歌うよう促したと聞いた時も、私も、どちらかというと否定的なイメージを抱いてしまいました。
私の見解はといいますと、日の丸に関しては、まだ許せるにしても、「君が代」に関しては、メロディーはなかなか荘厳で良いと思いつつも、卒業式か何かで伴奏を拒否して処分された教師の話などを聞くにつけ、どちらかというと憤慨していましたし、愛国心たるものは、愛したいと思うからこそ愛するのであって、上から無理やり強制されて育まれるものではないだろうと思ってました。それに、安易な妥協は、「神社は宗教に非ず」という甘言に乗せられて、神社参拝に屈してしまった戦前のクリスチャンの二の舞になりかねないという警戒心があることも事実です。理想的には、国民の誰もが誇りを持って歌うことの出来る新しい国歌があれば良いと思いますし、靖国神社参拝も、あんなにもめるのであれば、無宗教の国立追悼施設を設けるべきだと思います。
ところが最近、
大和カルバリーチャペルの大川先生が、こんな替え歌を披露しました。一つには、韓国の
オンヌリ教会で、信徒たちが万国旗を振りながら祈っている姿を目の当たりにし、その教会の朝祷会でメッセージを頼まれた際に、謝罪の意味も込めつつ、日の丸に新解釈を施し、肯定的に捉える話をされたそうです。
♪(罪の)黒地に赤く (イェスの)血潮をそめて
ああ美しい 日本の旗は
大久保みどり先生もまた、インドを訪問された際に、
マタイ・クルヴィラ先生の教会で、信徒たちが、国旗を振りつつ国歌を歌う姿を目の当たりにしたしたそうで、彼女もまた、日の丸・君が代に新解釈を施すという考え方です。君=神様となり、聖句としましては、下記のようなことですね。
「しかし、わたしの名を恐れるあなたがたには、義の太陽が上り、その翼には、癒しがある。あなたがたは外に出て、牛舎の子牛のようにはね回る。」(マラキ 4:2)
そして、60数年前はともかく、元々の日の丸・君が代の起源に関しては諸説あること、また時代と共に解釈の仕方も変化していくであろうことも述べられていました。
妻は、大川先生の替え歌を聴いた時から、日の丸・君が代は大丈夫になったそうです。神社参拝に関しては、全く別物で、妥協の余地はないそうです。私の中では、まだ結論が出ていませんが、革命的な問題提起ではありますね。リベラルなクリスチャンにしてみれば、総スカンものの話でしょうけど。
その後、
わが教会のN牧師が、教会不一致の罪の悔い改めの祈り等をパワフルに導かれました。
妻は、午後からの、”
Growing Up”の賛美と証しの会にも出て、これまた良かったようです。
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